高橋士郎 年譜
東京生まれ。弁護士の父修一と母きみ子の間に四男として生まれる
父修一の他界
秩父の笠取小屋に通う。付近には多摩川の源頭「水神社」がある

旧ソ連が人類初の有人宇宙飛行に成功
多摩美術大学に入学。美術学部デザイン科1回生(図案科10回生)
同人紙 詩集「郡鳥」発行。菅木志雄、幸村真佐男らとともに文芸部を設立

屠畜場で手に入れた牛の頭から、白骨標本を製造・販売。暴利を稼ぐ。

Electromagica '69
多摩美術大学 立体デザイン科卒業。同学科初の専任教員助手となる
斉藤義重や剣持勇の仕事を手伝う
八王子鑓水地域民俗資料館のための資料収集に参加
学内改革(副手規定の新設)により副手に降格
コンピュータ・アートによる展覧会「サイバネティック・セレンディピティ」が開催/スタンリー・キューブリック『2001年宇宙の旅』

銀座ソニービル「エレクトロマジカ展」にて立体機構シリーズ《揺れる立方体》を発表。造形作家としてデビュー
国立京都近代美術館「現代美術の動向展」に《立体機構シリーズ》を出品
最年少25歳で多摩美術大学の法人評議員に就任、同時に大学院の学生、学部の助手を兼ねる
学友会(院生)拡大教授会(助手)理事会(評議員)に出席
フランス、シェル石油のデザインコンペティションにて遊具作品《チャーリー》が受賞する
学生運動が激化。上野毛キャンパスが封鎖される。

ウッドストック・フェスティバル
大阪万国博覧会 三井グループ館(チーフプロデューサー:山口勝弘)にて立体機構シリーズの巨大モニュメントを制作

大学院修了、芸術学修士となり、多摩美術大学立体デザイン科専任講師に就任
ジェムコ社設立参加(代表:坂本正治)
シェル石油デザインコンペティションの賞金にて初の欧州旅行、ヨーロッパ1万キロを車で走破

立体デザイン科の恩師、剣持勇氏が死去/ドル・ショック
銀座ソニービルにて個展「METACO'72 高橋士郎展」開催。空気膜造形を発表。展覧会ポスターを石岡瑛子氏が作成

銀座ソニービル「第1回国際コンピューターアート展」にて空気膜造形《黒い手》を発表
多摩美術大学に新設された「文様研究所」の研究員に就任。幾何学文様研究を担当

「国際コンピューターアート展」の企画委員と制作委員を務める
デザインエンジニアリング株式会社の設立
電気通信科学館(館長:白根禮吉)の企画委員を務める。マイコンロボットを多数出品
イスラム美術調査旅行。アムステルダムからイスファハンまで車で走破。九死に一生を得る

ベトナム戦争終結
日本デザイン学会にてイスラム数理造形の研究「ムカルナス」を発表
電気通信科学館「マイコン展」にて電脳制御シリーズ《踊る一本の棒》を発表
国際交流基金よりタイ王国へ長期芸術家派遣。タイ王国内のすべての美術学校を訪問

新東京国際空港(成田国際空港)が開港
イラン・イラク戦争はじまる
神戸ポートピア博「つくば万博案内」として《ガイダンスロボット》を発表
株式会社ナムコの寄付金を得て、多摩美術大学の情報化に本格着手。美術大学教育にMacintoshマシンを導入
新潟博覧会にて《音声認識の象ロボット》を発表
空気膜造形シリーズ「新しい空気膜ロボットの遊び」(新宿NSビル)を開催。500m²を超える空間をわずか30分で設営

南アメリカ「ダーバンEXPO85」にて空気造形《Babot》を開催
多摩美術大学研究紀要第2号「空気膜造形」を掲載
アメリカ、エプコット・センターの鉄鋼館キャラクターの街頭寸劇のために空気膜造形を制作

チェルノブイリ原子力発電所事故
銀座月光荘ミュージアムにて「空気膜ロボット展」を開催
インテックス大阪「国際デザイン展」にて長さ50mの巨大な竜の空気膜造形を発表

大阪天神祭の船渡行に出品
横浜アリーナ「アンリ・コンサート」を空気膜造形で演出する
ベルリンの壁崩壊/マルタ会談、冷戦終結
逓信総合博物館にて「バボットランド」を開催
アメリカの劇団「デフ・シアター劇団」の大道具として空気膜造形が全米を巡回

国営昭和記念公園に「空気の丘」の建造

二子玉川ナムコ・ワンダーエッグで屋外4年間の展示を実現
毛利衛氏スペースシャトルで宇宙飛行
NHK 「紅白歌合戦」にて空飛ぶ空気膜造形を演出
上野毛キャンパス徒歩1分の立地にバボットスタジオが完成

天津市の第43回世界卓球大会オープニングイベントに出品
ピクトル・ダミコの美術教育装置の復元(財団法人日本児童手当協会との共同研究)

阪神・淡路大震災/地下鉄サリン事件
秋山邦晴氏急逝により多摩美術大学教務部長に就任。八王子校舎の再開発と教育改組を実施
ジャパンエキスポ佐賀’96《バボット劇場》を出品「世界・ 焱の博覧会」にて
多摩美術大学に情報デザイン学科を開設。同学科の教授に就任
NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]「共生するロボット展」にて《Babot》を発表
ユーロ誕生
学生起業の支援のため「タマビット株式会社」を設立
バーミヤン大仏の復活プロジェクトを構想
メディアセンター開設。オープン記念展「INSIGHT VISION/メディアの記憶と想像へ」展を開催。メディアセンターに巨大バボットで手足と顔を取り付ける

タリバンによるバーミヤン大仏の破壊/アメリカ同時多発テロ
第7代多摩美術大学学長に就任

突如ウェブサイトで「TAMA ART universe CITY構想」を発表レジデンスや放送局、出版局やミュージアムショップまで計画されたアイデアが公開され関係者が驚愕

多摩美術大学にて川本喜八郎監督人形アニメーション《死者の書》撮影開始。製作実行委員に就任
上海インターナショナル・サイエンス&アート展に空気膜造形《Dancing Baby》を出品
多摩美術大学に芸術人類学研究所を開設

北九州イノベーションギャラリー開館展「遊びイノベーション」にて空気膜造形を出品
学長退任
逓信総合博物館にて「体験コミュニケーション」展の開催。キネティックアート作品《Deus Ex Machina》を発表
リーマン・ブラザーズが破綻/米大統領選でバラク・オバマ氏が当選
多摩美術大学研究紀要第24号「ルーセル考 自由芸術の発明」を掲載

青山斎場での「忌野清志郎青山ロック葬」にて、《ヒトハタウサギ》の空気膜造形を設置

チリ鉱山落盤事故
日本大震災復興支援活動「デイリリー・アートサーカス」に参加(代表:開発好明)。福島県をはじめ被災各地を巡回

東日本大震災
西安市・世界園芸博覧会園区内の創意館にて巨大バボット《右手3M》《顔3M》《左手3M》を展示
台北ビエンナーレ2012港千尋キュレーション「瓢箪美術館」に出品
3331 Arts Chiyodaにて「自由芸術展〜レイモン・ルーセルの実験室〜」開催
多摩美術大学を退職/名誉教授
退官記念パーティーを開催。当日になり高橋本人と連絡が取れなくなり、本人不在のままパーティーが終了

高橋本人曰く「幽体離脱してタイのチェンセンにいる」

韓国「セウォル号」沈没事故
ケ・ブランリ美術館「PERSONA - ENTRANGEMENT HUMAIN」展に《ダントンの首》《タコ》を出品
あいちトリエンナーレ2016「虹のキャラバンサライ」にて《レイモン・ルーセルの実験室》を展示
川崎市岡本太郎美術館「岡本太郎とメディアアート 山口勝弘―受け継がれるもの」に《立体機構シリーズ》《パイラ人―岡本太郎に捧げるバボット》を出品
退職後も八王子キャンパス、上野毛キャンパスに出没

川崎市岡本太郎美術館にて「高橋士郎 古事記展 神話芸術テクノロジー」開催
「古事記展」展覧会の設置から撤去まで、一度も美術館に現れず/自身のウェブサイトで独自に作成した「多摩美術90年の歩み」を発表
新型コロナウイルス大流行
2021年7月18日に77歳で逝去
東京2020オリンピック開催
ロシア軍によるウクライナ侵攻
多摩美術大学 アートテークギャラリーにて「高橋士郎 自由の気膜」展 開催