高橋士郎について
2021年に急逝した、高橋士郎。メディア芸術黎明期のパイオニアともいえるアーティストのひとりであり、多摩美術大学では美術教育を更新し、多くの才能を輩出してきました。
1960年代末よりアーティストとしての活動をスタートした高橋は、1970年の日本万国博覧会に20代で参加しています。その後もコンピューター制御による先駆的な作品を発表。80年代からは空気膜造形の発明や、キネティック彫刻の制作に取り組むようになり、発表の場を世界へと広げます。
多摩美術大学(以下、本学)では、デザイン教育にコンピューターを導入した立役者として知られます。社会の高度情報化に対応すべく、コンピューターとインターネットの研究会を立ち上げ、キネティックアート、ビデオアート、コンピューターアート、メディア・アート、情報デザインといった新しい分野を、美術教育のなかに積極的に位置づけていきました。30年以上にわたる高橋の教育と研究の積み重ねが、1998年の本学における情報デザイン学科新設と、メディアセンター創設へとつながっています。2000年代には、本学の学長も務めました。
また高橋は本学の文様研究所に1970年代から所属し、イスラム文様「ムカルナス」研究では世界的に知られる研究者でもあります。文様をはじめ、デザイン分野における研究者としての側面にも、あらためて注目したいと思います。
本サイトは、このような高橋士郎の多岐にして複雑な活動の全体像にアプローチする研究プロジェクトの一環として制作した、高橋士郎の“手引書”です。裏面に展開した高橋士郎年表と、高橋士郎を読み解くキーワードから、その全容の一部をひもといていきます。

アーティストであり教育者——高橋士郎がのこしたもの

高橋士郎は半世紀以上にわたる活動を通して常に自由な創造を追求しましたが、そこにはいくつかの方針がありました。ひとつは先端技術の導入で、それは制作と教育の現場にいちはやくコンピューターを導入したことにも現れています。同時代の世界との結びつきを大切にし、特に米国西海岸で花開いたDIYカルチャーやヒッピー文化の思想とも共鳴しつつ、日本のメディアアートを考え続けました。
旺盛な好奇心と幅広い教養をベースに、シュルレアリスム小説や日本神話を題材にした作品を作るいっぽう、イスラム数理デザインの研究でも知られるように、常に文化の複数性を創造の基本に据えていました。欧米やアジア各国との国際交流を進め、異文化との対話を率先したことも、その一環でしょう。
先駆性・同時代性・多様性を基本にした高橋士郎のユニークなところは、アーティストとしての作品制作と大学人としての教育をシームレスにつなげて活動したことにあります。寝食を忘れ研究に没頭するクリエーターと、美術教育の現場で指揮を取るリーダーシップが合体し、急速に進化する技術を創造の自由へと開いていったのです。
天才的なひらめきを持ちながら、創造の純粋な喜びを忘れないという点でも、偉大な芸術家の系譜に連なるように思います。空気膜造形バボットのユーモラスな動きには、夢みる力を次の世代へ手渡すことに一生をかけた、高橋士郎の思想が込められているのです。
アーティストとしての活動
コンピューターとアート
人間の生活空間が、都市化・情報化社会へと向かった1960年代。新しいテクノロジーの時代に、高橋は同時代の作家・研究者らとともに、先進的なコンピューター制御作品の制作に取り組んでいきました。1969年には日本で最初の国際的な芸術とテクノロジーの展覧会、「国際サイテック・アート展─エレクトロマジカ’69」が開催(主催:JEAA /ソニー企業)。海外および日本の代表的なテクノロジーアート作品が紹介され、そのなかに高橋の作品も展示されました。

空気膜造形
「風船」と呼ばれる膜体の呼称を、高橋は「空気膜造形」と提唱。膨らませれば巨大化し、しぼませればコンパクトになる空気膜造形は、大きさと重量が比例しないことから、自由自在なスケール感で扱うことができます。すぐに現れて消える性質は、ハレとケの演出にも適します。また空気膜造形に動作機構を組み込むことで、金属質で硬いロボットのイメージを刷新する“やわらかいロボット”として、後述する社名「babot(バボット)」にも用いました。

バボット社
「空気膜造形」を事業として発展させた「株式会社バボット」を設立。本学・上野毛キャンパスから徒歩1分の場所にあります。数千ものバボットを貸し出すビジネスモデルで事業を成功させました。アートの展覧会はもちろん、紅白歌合戦や、路上パレードなどにもバボットが登場。自由な造形と、コンピューター制御で自在に動くバボットを、アートとエンターテインメントのジャンルを超えて展開していきました。

自由と浮浪主義
自由で新しい表現を求め、テクノロジーによる表現を模索していた高橋。10代から山小屋で生活をしたり、都市を浮浪したりするなかで積み重ねていった経験から、「自由であること」を探求していました。高橋の表現者としての思想の根源とも言える“自由と浮浪主義”。そこには氏の長年の実践があります。また2013年に、高橋が本学を退官する際にひらいた記念展のタイトルは「自由芸術展」でした。

難解文学の独自解釈
文学はイメージを自由に想起させるもの。高橋は難解な文学作品に対してもユニークで独自な解釈で挑み、研究者をうならせる一面もありました。マルセル・デュシャンも影響を受けたというレーモン・ルーセル、その『アフリカの印象』をはじめとした小説のイメージや、『古事記』に記された神々のイメージなどを具現化した展覧会をひらいています(「自由芸術展 レーモン・ルーセルの実験室」「古事記展」)。

高橋士郎と多摩美術大学——教育者としての高橋士郎
立体デザイン総代
1963年に本学に入学し、美術学部デザイン科1回生(図案科10回生)として、剣持勇に師事しました。立体デザインの総代になるなど際立った才能が認められ、1969年には最年少の25歳で本学の法人評議員に就任。同時に大学院の学生、学部のデザイン学科の助手を兼ねて活動しました。同年、シェル石油のデザインコンペティションにて遊具作品《チャーリー》が受賞を果たしています。

文様研究所
「文様の研究を通して、創造に関する諸問題を究明して、美術界に資する」ことを目的に、設立された研究所(1973年)。高橋はその最年少の研究員に就任し、幾何学文様研究を担当しました。設立当初のメンバーには、所長に山辺知行、所員に江上波夫、岡田譲らが名を連ねます。竹の編模様(東南アジア)や、イスラム建築のリサーチのために多くの旅に出たのがこの頃です。文様の研究を通して、創造に関する諸問題を究明することを目的に、1973年に開所。高橋は最年少の研究員に就任し、幾何学文様研究を担当しました。竹の編模様(東南アジア)やイスラム建築のリサーチで、多くの旅に出ました。

情報デザイン学科
日本で初となる情報デザイン学科を、伊藤俊治、須永剛司らとともに開設し、同学科の教授に就任。前例のない美術大学での情報系学科設立のため、工学博士の久保田晃弘らを加え、工学のカリキュラムを取り込んだかたちでスタートしました。コンピューターをはじめとするメディアの進歩に伴い、本学は国際的にも高い水準にあった美術教育をさらに推し進め、21世紀を見据えた情報デザイン学科を他大学に先駆けて新設しました。

メディアセンター
高橋が教務部長時代に開設した、マルチメディア時代に対応するグローバルなコアセンター。写真、映像、バーチャルリアリティといったメディアを総合的にとらえ、学生たちに多様な設備を提供しています。デジタルとアナログを融合したプロジェクトの実践も。オープン記念展「インサイトビジョン」には、ジャン=ルイ・ボワシエ、三上晴子、山川冬樹らも参加。高橋は建物に巨大な頭と四肢を取りつけ、ひとつの生命としてのメディアセンターを表現しました。

大学の牽引・改革
秋山邦晴先生の後任として、長年にわたり教務部長を歴任した高橋。2003年には本学初の卒業生から学長に就任します。本学を知り尽くした高橋は、新しい学科の新設や、メディアセンターの開設といったエポックとなったできごとを次々と実行し、愛情をもって現在の大学方針の礎を築いていきました。退官後もたびたびキャンパスに出没し、大学の発展に向けたさまざまなアイデアを共有していました。2013年には本学名誉教授になっています。

高橋士郎とデザイン研究
キネティックアート
機械による身体感覚の変容、その拡張について、高橋はアートの手法によってさまざまな探求をしていきました。デビュー作であり、代表作にもなった《揺れる立方体》をはじめとしたキネティックアートは、シンプルな構造のなかに高い完成度がみられます。1970年の大阪万博では三井館に参加し、作品《揺れる三角塔》を展示。晩年も、多種多様な素材・構造によるキネティックアートを展開していきました。

機能美/デザイン教育
文様研究所への所属をはじめ、高橋は本学のデザイン教育にも深く関わりがあります。氏のデザイン教育においては、一貫して機能性を重視したことが特徴です。一例として「凧揚げつくる」という授業では、「飛ばない凧は凧ではない」として、飛ばなければ落第とした名物授業がありました。機能美は、電子制御によるロボティックアートや、空気膜造形をはじめとした、精緻な計算に基づいて制作された高橋の作品群にも通じる特徴です。

絵画の方程式
コンピューターのアルゴリズムで生成する絵画と、画家が手がける絵画の違いについて、高橋は小論「絵画の方程式」で次のような考察をしています。「キャンバスの表層にイメージを定着する絵画作品も、半導体にプログラムを書き込むCGも、どちらもバーチャルリアリティを追求する、重力のおよばない仮想の世界のことである」。ダビンチやゴッホなどの歴史的絵画と現代のCG、芸術と機械、どちらも人間性の一部であると指摘しました。

イスラムの数理造形(ムカルナス)
イスラム教の建築物に見られる、鍾乳石状の装飾「ムカルナス」。ヨーロッパでは「スタラクタイト」「ハニカム」と呼ばれていますが、詳細な研究がない分野でした。高橋はムカルナスの造形を類似する形態別に、3種類の様式(①正方形格子様式/②極座標の様式/③独創的な様式)に分類できることを発表。さらにそれぞれの幾何学的な造形言語の系譜を明らかにしています。氏の研究はさまざまな機会に発表され、世界的な評価を受けています。

